「金属が硬い、柔かいの物性は金属組織の変態により変化するため、組織変態を温度変化によって発生させる行為を熱処理とよぶ。」というのは前回の記事で理解できたと思います。
主に熱処理と言うと、焼入れ(金属を硬くする)を示すことが多いので、今回の記事では実際にどのように焼入れをするのかの解説したいと思います。
1. 脱炭
焼入れ方法を説明する前に、まず脱炭というものを理解する必要があります。みなさんがご存じの通り、ものを燃やすためには何であれ、酸素が必要になり、燃えると二酸化炭素に変化しますね。
そのため、酸素[O2]が二酸化炭素[CO2]になるには炭素[C]が必要になります。金属を燃やすためにはこの炭素はどこからやってくるかと言うと、加熱している金属から取り出しています。そのため、金属を加熱すると金属内部の炭素が減少するということになります。
このとき金属内部の炭素は、最も空気(酸素)と触れている表面部分から取り出されるため、焼入れをすると金属の表面部分から炭素が二酸化炭素として排出されます。これが脱炭と呼ばれる現象です。察しのとおり、脱炭すると、表面の組織がフェライト(炭素がすくない組織)となり、焼入れ(加熱した金属を急冷)をしても硬くならないんです。
2. 光輝焼入れ 無酸化焼入れ
脱炭しないためにどのように焼入れすればいいかというと、昇温している空気中の炭素濃度を上げればいいんです。焼入れは、金属を熱処理炉に入れ、変態点を超える温度に一定時間保温し、その後に急冷させます。この焼入れ工程の保温時に脱炭が生じます。
そのため保温している炉内の空気(以下、雰囲気)に炭素が含まれていれば、脱炭はおこりません。この焼入れ方法を無酸化焼入れと呼びます。また金属表面部の炭素が酸素と結合しないので、金属表面が黒くなりにくいことから光輝焼入れとも呼ばれます。
では、雰囲気内へ炭素をどのように含ませるか?ですが、方法としては以下の2種類あります
ガス注入:「プロパンガスをボンベから直接、炉内へ供給するもの」 液滴下 :「エタノールを滴下させ、蒸発させることで炉内の炭素量を上げるもの」
どちらもガスまたは液の供給量を調整することで、雰囲気の炭素量をコントロールすることができます。この炉内の雰囲気の炭素濃度をCP(カーボンポテンシャル)と言い、CP値を金属の持つ炭素量と同等にすることで脱炭を防ぐことができます。しかし、逆にCP値が高すぎると金属表面の炭素量が多くなり、結果的に表面だけ硬度が高く、必要なじん性を得ることができないことが危惧されます。
3. 浸炭焼入れ
炭素鋼にS15C、S55Cと呼ばれる種類があり、それぞれの炭素量は0.15%、0.55%です。これを焼入れをするとS55CはHRC50以上は十分に確保できますが、S15Cは炭素量が少ないので硬くなることはありません。しかし、この炭素量が少ないS15Cのような金属でも、炉内のCP値を高くすることで、表面部の炭素量が多くなるためS55Cと同じように焼入れをしても、表面部だけは硬くなります。これを浸炭焼入れと言います。つまり、同じ熱処理炉で同じような焼入れをしても、金属の炭素量と同等のCP雰囲気で加熱するのが光輝焼入れで、金属の炭素量よりも高いCP雰囲気で加熱するのが浸炭焼入れになります。ただし、注意しなくてはならないのは炭素が金属表面に染み込む量(浸炭量)はCP値と時間に依存するため、必要な硬さがどのくらいの深さまで必要か?に応じて、CP値と時間を設定しなければなりません。
浸炭焼入れをするメリットとしては、表面部だけが硬く中心部は柔らかいので製品として高いじん性を得ることができます。また硬い部分すなわち組織がマルテンサイトに変態した体積が少ないため、熱処理による歪も小さくなり、後工程で歪取りを行う必要がなくなります。
4. 高周波焼入れ
浸炭焼入れは金属に炭素を浸炭させ、焼入れをすることから、必要な硬さが深ければ深いほど、熱処理時間が長くなります。そのため、浸炭深さによっては丸一日炉にはいっていることもよくあります。
この浸炭焼入れのデメリットである処理時間の長さを解決したのが高周波焼入れになります。高周波焼入れは図のようにコイル(銅線)に電気を流すことで、そのコイル内の金属に磁力が発生すると同時に渦電流が金属表面部のみに発生します。
この流れた電流は金属の持つ電気抵抗によって、熱が発生するため、電気が流れた部分すなわち金属表面だけが加熱されます。その後は水または油をかけ、急冷することで金属の表面だけがマルテンサイト化し、硬くなります。またこの一連の動作は数十秒の間で完結するため、熱処理時間が短くなりますが、1個づつ加工しなければなりません。浸炭焼入れは表面部分すべてが硬くなるが、高周波焼入れは電流を流した部分だけが硬くなるため、硬くしたい部分だけを焼入れすることができます。そのため、焼入れによる歪が小さくなったり、部分的な焼入れのため製品として高いじん性を得ることができます。しかし、高周波焼入れは熱処理炉に入れるわけではないため、雰囲気を作ることができません。そのため大気環境で焼入れをすることで、加熱させた部分が脱炭しますので、後工程で脱炭部分が取り除くことができるように熱処理条件(電圧、時間、コイル位置など…)を決め、脱炭深さを管理しなければなりません。
参考にわかりやすい動画のリンクを貼っておきます。とてもイメージしやすいと思います。
5. まとめ
- 「脱炭」は雰囲気中の酸素と金属表面の炭素が結合することで、金属表面の炭素量が減少する現象
- 「光輝焼入れ」は雰囲気の炭素量(CP)を金属と同等の濃度にすることで脱炭を防ぐ方法
- 「浸炭焼入れ」は雰囲気の炭素量(CP)を金属以上の濃度にすることで、金属表面の炭素量を増加させ、表面だけを硬くする方法
- 「高周波焼入れ」はコイルに電流を流すことで、金属の一部が加熱し、部分的に硬さを増すことができる方法
以上です。
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